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ー 追悼記事 ー
tribute articles
12k(所属レーベル sawako’s label)
自由大学 Freedom Univ.(DIY Music 講座を担当)
The Wire(英国の音楽誌 British music magazine)
上記の全文日本語訳 the full text in Japanese
Framework Radio(英国の field recording系ラジオ放送)
Four Questions|Located Sound(Located Sound 紹介サイト)
UCUUU(音楽情報サイト Japanese music information site)
音の巡礼(note マガジン blog : Pilgry of Sound)
―sawako 語録ー
sawako’s remarks
神出鬼没でマイペースにゆるゆると
2000年/2001年/2002年
Lethe. Voice Festival フライヤー
(出演者プロフィル)
2000年版
現在大学でサウンド・プロセッシングについて学ぶ傍ら、身の回りの物や音を使ったサウンドをつくっている。今はなき青山のアート・スペース[Free Space 3]のスタッフでもあり、来年創刊予定のカルチャー誌「NUT CRACKER」の編集メンバーでもある。
2001年版
粒と波/ムーブメントとシステムをテーマに、サウンドアート、映像、フィールドワークなどの境界領域で活動中。主に日常の音とDSPを用いて、中空を漂っているかのような音響世界をつむぎだす。
2000. 10 lethe voice festival vol.2 (20号倉庫 愛知)
2000. 12 NEWS(DOT 愛知)
2001. 05 OVAL。クリストフ・シャルル等と対バン(SFC 神奈川)
また、CT-Colective のコンピに曲を提供予定。
2002年版
コンピューターと日常の音とミキサーフィードバックなどで、音の世界をつむぎ出す。たまに文章をかいたり写真をとったり展覧会に参加したりもします。いろいろです。世界中の友達と神出鬼没でマイペースにゆるゆると。
【注】
◆ sawako は、2000年には大学3年、2002年には大学院1年であった。
◆ Lethe. voice festival : サウンドアーチストのLethe(桑山清晴)が、1999-2003年に、art port の一環として開催した音楽イベント。
◆ art port : 名古屋市が中心となって取り組んだ名古屋港倉庫の実験活用事業。名古屋大学助教授・茂登山清文氏のコーディネートにより、オルタナティブスペース(美術・音楽・演劇等の発表の場)、オープンスタジオ、子供向プログラムなど多彩な実験が行われた。当初は1999年だけの企画として実施されたが、その後2003年まで継続された。2002年(10月27-31日)には、電子芸術国際会議 ISEA2002の主会場ともなった。
「民芸」デザイナーに近いと考えています
2007年12月
Some Assembly Required インタビュー
私は、「創造的」「ユニークなことをしている」「芸術的」など、個人主義的な西洋のアーチストという考え方よりも、日本の「民芸」デザイナーに近いと感じています。
私にとって、音楽、ビジュアル、ネットワークプログラミング作品から、日常の食べ物やアクセサリーまで、ものづくりは、日常生活で呼吸をするようなものです。これらの作品の中には、何かしらの理由で長期的には消えてしまうものもありますが、すべては微妙な日常の事柄の自然な流れの中で起こっています。
ですから、自分のやっていることが歴史に残るかどうか、あるいはそれがどのように文脈化されるかは気にしません。私は大きな川に浮かぶ小さな存在です。友人のために食事を作ることと音楽を作ることの唯一の違いは、音楽を使うと、より広い聴衆、影響力、責任を持つということです。
例えば、高層ビルに囲まれた神社…が好き
2012年
Unheard Tokyo より
(jason kahn によるインタビュー)
東京で私が好きな場所は、自然の要素と人工的な要素があったり、近代的な要素が混ざり合っているような場所です。
例えば、高層ビルに囲まれて神社がポツッと残っているような場所。神社は昔からあって取り壊すことができないため、昔からの木や土がそのまま残っていることが多いです。そういった空間と、ビルの中から聞こえる音や、ビルで働く人々の音が混ざりあうような空間が好きです。
私は世田谷区に住んでいて、等々力渓谷という場所があります。川や林があり、住宅地とは思えないような自然がたくさん残されています。そこには神社があって滝行をしている人がいたりして、自分がどこにいるのかわからないような気分になることがあります。
同時に、川沿いの遊歩道の上を渡る大きな幹線道路の橋があります。その橋の下で聞こえる音、道路を行き交う車の音と森のせせらぎのような音が混ざり合って、心が落ち着きます。それがとても東京的だなと思います。
私は私のままでいいんだと
感じられるようになったのは…
2017年10月
Digle Magazine インタビュー
高校は中学よりずっと楽しかったのです。でも自分の好きな音楽や本、映画について、細かいところまで話せる人が居なくて、「ここだとはみ出ちゃうな」という気持ちがいつもありました。
ようやく「居場所があるな、私は私のままでいいんだ」と感じられるようになったのは、慶応義塾大学の湘南藤沢キャンパスに入ったり、ネット上に友達ができるようになってからです。
大学では電子音楽のゼミに入りました。私はプログラミング初心者なのにそんなゼミに入ってしまったので、周りのプログラマーの方とは発想が違っていたらしく、変なプログラミングをして変な音を作り出しては、みんなに驚かれる日々でした。でもそれが楽しくて。
SNSもほとんどなかったので、当時はメンバーが500〜1000人程度の国際的なメーリングリスト上で、自分の音楽を発信していて。そこでの出会いがきっかけで、CDをリリースすることや海外での初ライヴに繋がりました。当時はまだラップトップで音楽をやっている人が少なかったことから注目されて、東京でもライヴに呼ばれるようになりました。
【注1】 「Stella Epoca」CD添付の解説文では、「(2003年)当時東京に小さい音好きな友達があまりいなくて、話があう人は海外の mailing list ばかりだった。」とも述べている。
ここでいう「小さい音」とは、lowercase sound / micro sound のことと思われる。なお、Bandcamp Daily 2019.03.27号 には、Lowercase Music (小文字の音楽)の例として sawako の ”Hum” も9曲目に紹介されている。
【注2】 2003年頃のSNS事情については、「DIYミュージック講座」の講義資料でも触れている。→ こちら
私が留学していたNYUのInteractive Telecommunication学部は、1学年に60カ国以上からやってきたバックグラウンドの違う約100人の生徒がいて、そんな同級生たちとコラボレーションしながら、テクノロジーを用いてクリエイティブな実験をするという内容の学部でした。
具体的に自分の専門としてやっていたことは、いろんなデータやシグナルの可視化や可聴化、音 + 映像 + α(センサーや自然現象など)のインタラクションなどです。そこで修士を取ってから4年間くらいニューヨークでサウンドアーティストとして活動をしていました。
私が活動をはじめた2000年頃から
たった15年くらいの間に
2015年4月
DIYミュージック講座案内文より
私は元々、旅や映像を撮ることが好きで、そこからフィールドレコーディングにつながって、音楽制作をはじめました。メインの楽器はラップトップコンピューターで、宮本武蔵の刀のようにラップトップを懐に構えながら、世界中のいろんな国でライブをしたり、様々な土地の音を録音したりしながら、アーティスト活動をしています。
私が活動をはじめた2000年頃からたった15年ぐらいの間に、CPUの高速化、インターネットの高速化、SNSの普及、iPhoneの登場、クリエイティブ・コモンズの登場、MAKERSムーブメント、CD制作の低コスト化、音楽のデジタル配信の台頭、など音楽制作を取り巻く状況はめぐるましく変わりました。
今までずっと「もっといろんな人が音を使ってコミュニケーションしたり、自由に何かを創造したりすればいいのに。そうしたら、音楽の定義がひろがって、もっとワクワクする世界になるんじゃないかな」と思っていたのですが、そんな世界が現実になる可能性がどんどん近づいてきている気がしてます。
その人らしく輝きながら
のびのび生きるきっかけに
2017年12月 Face Book
もともとDIYミュージックも「音楽を教える」というよりは「それぞれがその人らしく輝きながら、のびのび生きるきっかけになったらいいな」ということから生まれていて、
それと同時に
「音楽って、体感と時空間の流れがすごく重要な表現だから、理屈を超えてポンって直感的身体的に、大事なことにたどり着いちゃうことが多いのかな」と思ったり。
種まきするような面白さと
責任を感じながら
2019年6月 Face Book
4月から、フェリス女学院大学音楽学部音楽芸術学科の非常勤講師になりました。Abeleton Live での音楽制作と、アカデミックな電子音楽からグリッチやチップチューンまで、女性音楽家を中心に様々な電子音(楽)の表現方法を紹介します。
思い返すと、自分が大学生の時の、何気ない誰かの一言やちょっとした偶然のきっかけが今につながっていたりするわけで、種まきをするような面白さと責任を感じながら、ワクワク毎回授業をしています。
20歳前後の「表現したい気持ち」と「自分でもできるという自信」が掛け算になった時のピュアな馬力とか、ゲームで鍛えたデジタルネイティブ力(?)とか、自由大学の社会人の生徒さんとはまた違うリアリティがあって、発見もたくさんです。
ここから素敵な響きが生まれていくきっかけがたくさんつくれたらいいな。
now here is nowhere
2016年10月 Face Book
そういえば私の修士論文のタイトルは「now here is nowhere(今ここは どこでもない)」だった。
【注】 論文発表会(2006)では、冒頭で「nowhere. Now here is nowhere. Now here is everywhere. 」と語っている。
発表要旨には、「 no[w]here : Now here is nowhere. The sound art works for the soundscape of mobile computing era. (サウンドアートはモバイルコンピューティング時代のサウンドスケープにぴったりだ)」と書かれている。
nowhereである now here(どこでもない、今この場所)のサウンドスケープが、サウンドアートとモバイルコンピューティングによって everywhere で共有できる…という思いのようだ。
また2006春の日記には、
「mobile computer / mobile phone (small / portable / every time “ON” / networked) 時代以後の音楽とサウンドスケープの可能性」、
「soundscape 的 music(空間自体が楽器、ノンリニア)←← 舞台の外のパフォーマンス/誰でも音楽がつくれる(ヒエラルキーの消滅)/日常生活の一部としての音楽づくり(コミュニケーションツールとしての音)/音と記憶・tagging・mapping」
などの書き込みもみられる。
sawako は言葉遊びが好きで、楽曲のタイトルにもそれが現れている。
例えば、1st アルバム「yours grey ゆうぐれ」、2nd アルバム Hum の中の「Cloud no Crowd」、5thアルバム nu.it の中の「pass.age」など。
phantaz.ma 35°68ʼN 139°72ʼE
2024年2月24日
坂本龍一追悼 Micro Ambient Festival での配布資料
(サウンドはこちら)
急病による⼊院のため、残念ながら本⽇、みなさまと⼀緒にリアル空間を共有することが難しくなってしまいました。リアルなsawakoに会えると思ってご来場されていた⽅々には、お詫び申し上げます。本⽇今この瞬間も、少し離れた所から、会場のことを想っております。
今⽇の演奏のタイトルは、古典ギリシア語で『φᾰντζω(phantázō)「可視化する」+-μᾰ(ma)「された結果」』という⾔葉が、ラテン語の『phantasma』になって、『phatom(幻、幽霊、夢の存在)』『fantasy(幻想)』『phase(現象)』の語源になったということからきています。ファムフェタールとも少し⾳の響きが似ていますね。『phantaz 間』としたら「間の可視化」になるのでしょうか。
演奏の収録は信濃町の病院で⾏われました。病院の窓からは、坂本⿓⼀さんが最後まで活動を続けて守ろうとしていた神宮外苑の森が、美しく⾒えています。
森の中で1⼈でフィールドレコーディングをしている時でも
たくさんの聴衆に⾒守られながらパフォーマンスをしている時でも
⾳の国にいる時、私はいつでも
⾃分の体が半透明に消えてしまって
空気や周波数の⼤海に溶けていく感覚を持っています
時間空間に拡張していく
⽣⾝の⾝体、タンジブルな物体
都会と森、地球、宇宙の星々、さまざまな存在の蠢き、気配、⾳の波
現れては消えていく、⼿に掴めなくて儚いもの
森羅万象のパルス
電磁波やデータWEBの流れ
粒と波、重なり
共鳴、共振
華厳経の縁起の鈴
そんな中で、私とあなたが出会う、交差する
⾒えないもの
⼈間の⾝体センサーでは感知できないもの
時間と空間のない世界
AIやヴァーチャルヒューマンが⽇常になった今の世界で
⽣⾝の⾝体とは、どういった存在なのでしょうか?
そんな⾝体がセンシングして⾒せている現象は?
2024.02.24(Sat)by sawako(www.troncolon.com)
【注】 35°68ʼN 139°72ʼE は、新宿区信濃町の慶応病院。